ぶどう膜炎は感染性、自己免疫性、自己炎症性、腫瘍性など多様な疾患群で、同じ疾患の中でもバリエーションが大きく治療への反応や予後が異なることから、ヒト免疫や多様な疾患病態解明の重要性が指摘されています。近年、シングルセル解析や次世代シーケンスなど、限られた臨床検体から多くの情報を得ることが可能な画期的な解析技術が急速に進歩しており、免疫・炎症性疾患研究分野でも応用が進んでいます。眼炎症や治療反応性に関わる要因を明らかにし、診断技術や最適治療の発展に向けて、私達の研究室ではこれらの最新技術を用いたぶどう膜炎眼内液や血液検体の遺伝子、タンパク、細胞レベルの解析を行っています。
これらの研究は全国のぶどう膜炎診療専門機関や専門研究機関との協力体制をつくり、進めています。
Cytometry Time by Flight (CyTOF)を用いたぶどう膜炎検体の同時網羅的解析
Vogt-小柳-原田病遷延群で頻度の低い末梢血単核球サブセットを見出した
Yamanaら, Mucosal Immunol 2022
サイトメガロウイルス感染症眼内液と末梢血中ウイルス遺伝子多型解析
眼内液と末梢血中のウイルス多型分布が異なり、眼内液中のウイルスは高い免役逃避能を持つことが明らかになった
Shiraneら, Front Immunol 2022
自己免疫性ぶどう膜炎に対する治療は、現在ステロイドや免疫抑制薬、生物学的製剤などが用いられております。疾患ごとに使用できる薬剤は異なりますが、以前に比べて治療法は進歩し炎症のコントロールがしやすくなっています。しかし、これらの治療でも効果が乏しく、治療に難渋する症例もあります。そのような症例のためにも新たな治療法の開発は必要であり、日々研究を行っています。
これまでの研究で、我々は自己免疫性ぶどう膜炎に粘膜関連インバリアントT細胞(MAIT細胞)が関連することを発見しました。従来型のT細胞は、多様性に富むT細胞受容体(TCR)を発現し、抗原提示細胞により提示されたペプチドを認識します。それら従来型のT細胞と異なり、 MAIT細胞は単一性のTCRをもつ自然リンパ球の一種で、微生物のビタミンB2前駆体由来の代謝物を認識します。近年ではこのMAIT細胞が自己免疫性疾患、癌、感染症といった様々な病態制御に関わることが明らかになっています。
我々は自己免疫性ぶどう膜炎モデルを用いた実験で、MAIT細胞がぶどう膜炎の炎症抑制効果を有することを明らかにしています。現在はMAIT細胞をターゲットとした新規治療法の開発を目指してさらなる研究を行っています。
実験的自己免疫性ぶどう膜炎モデルを用いたMAIT細胞の炎症抑制効果
MAIT細胞を欠損させると眼炎症が増悪することが示された。
MAIT細胞活性化によるぶどう炎の炎症抑制効果
ビタミンB2前駆体由来の代謝物を用いてMAIT細胞を活性化させると眼炎症が
軽減することが示された。
Yamanaら, Mucosal Immunol 2022
責任研究者;石川 桂二郎
増殖硝子体網膜症や増殖糖尿病網膜症は、眼内の線維性増殖を主病態とする疾患である。治療法は硝子体手術が主であるが、術後の線維性増殖再発により複数回の手術を要し、重症な視機能障害をきたすことがあるが薬物治療が無いのが現状である。また、加齢黄斑変性の末期像である網膜下線維性瘢痕は、現行の抗VEGF療法が無効な病態である。(図1) 申請者らは、それらの増殖性網膜硝子体疾患に伴う線維組織の網羅的な遺伝子発現解析(Ishikawa K et al. FASEB J 2014, IOVS 2015) を基盤とした病態解明研究に取り組み、創薬研究を行ってきた。(図2) このなかで、同定した新規の関連分子であるマトリセルラー蛋白のペリオスチンやテネイシンCの眼内線維増殖における機能的役割を明らかにした。(Kobayashi Y et al. Lab Invest 2016; Ishikawa K et al. FASEB J 2014; Kobo Y et al. Sci Rep. 2020)
【図1】増殖性網膜硝子体疾患
【図2】眼内線維増殖組織の包括的遺伝子解析による病態責任分子の同定
眼内線維増殖組織は、いったん形成されると薬物治療が困難であるため予防的なアプローチが重要となる。我々は、眼内線維増殖の初期段階に重要なステップである細胞の形質転換に着目した。形質転換を制御することにより、ペリオスチンやテネイシンCの発現が抑えられ、増殖網膜症や滲出型加齢黄斑変性の動物モデルにおいて網膜剥離や網膜下線維性瘢痕を抑制できることを明らかにした。(Ishikawa K et al. Sci Rep. 2015; Am J Pathol. 2016)(図3、4)
【図3】眼内線維増殖動物モデル
【図4】眼内線維増殖に対する新規治療薬開発
これまでの研究を基盤として、下記の研究課題に取り組んでいる。
【図5】早期眼内線増殖性変化を捉える画像解析システム開発
責任研究者;村上 祐介
遺伝性網膜変性(inherited retinal diseases: IRDs)とは、網膜に発現する分子の遺伝子変異によって起こる網膜変性疾患で、これまでに200種類以上の原因遺伝子が見つかっています。IRDsには網膜色素変性症(retinitis pigmentosa:RP)、錐体ジストロフィー、レーバー先天盲、クリスタリン網膜症など、様々な病状や眼底所見を示す病気が含まれます。ほとんどのIRDsでは治療法がなく、日本の失明原因の第2位となっており、一刻も早い治療開発が必要です。
私たちの研究室では、IRDsの遺伝型(原因遺伝子の種類や変異のタイプ)と表現型(発症年齢や病気の進み方など)の関係を明らかにするとともに、網膜変性のメカニズムを解明することで、遺伝子治療・ナノ粒子医療・新規化合物などの新しい治療法の開発を目指しています。研究のフォーカスの一つは、RPにおける細胞死と神経炎症のメカニズムを明らかにすることです。その成果として、末梢血中の炎症性単球がRPの進行に大きく関与することを発見し、この炎症性単球を抑制するナノ粒子医薬の開発を進めています(図1)。
【図1】末梢血の炎症性単球をターゲットとした網膜色素変性に対する治療薬の開発
また遺伝子治療の臨床応用にも取り組んでいます。これまでの基礎研究や臨床研究の成果をもとに、2019年よりRP患者を対象として神経保護遺伝子治療の治験(第1/2a相)を実施中です。この試験では、色素上皮由来因子(PEDF)をコードするレンチウイルスベクターを網膜下腔に注入し、眼内に神経保護因子PEDFを発現させることで、病態の進行を遅らせることを目的としています(図2)。またクリスタリン網膜症に対する遺伝子治療薬の開発も進めています。
【図2】網膜色素変性に対する神経保護遺伝子治療の開発
眼球やまぶたなどに発生する腫瘍は病気になる方の数は多くはなく、専門家の数が限られていることに加えて、基礎研究が進んでいないのが現状です。そこで、我々は眼部悪性腫瘍に対して、病態理解や新しい診断法や治療法の開発のために研究をおこなっています。
福岡県久山町では60年以上にわたり40歳以上の住民を対象とした前向き追跡調査が行われており、九州大学大学院医学研究院眼科学分野では1998年から久山町研究に参画し、眼疾患に関する疫学研究を開始している。研究目的は、わが国の視覚障害および失明の上位疾患を占める眼疾患の実態を把握し、危険因子、防御因子について解明することである。これまでにも、加齢黄斑変性症、糖尿病網膜症、近視性黄斑症などの眼疾患について調査し、世界に先駆けて重要な疫学的知見を発信している。久山町住民は年齢構成・職業構成が全国平均と一致し、住民の栄養摂取状況も国民栄養調査の成績と変わりないことから、偏りのない日本人の代表的なサンプル集団である。これにより、国民レベルで、効果的・定量的な予防法を構築することにつながり、疾患による視覚障害を早期に予測・発見し重症化を予防することが期待される。
久山町研究では、2017年より日本人視覚障害の第一位である緑内障に注目し、緑内障の疫学調査に着手した。本研究における緑内障健診では従来の疫学研究では用いられていない最新機器を使用することにより、より精度の高い調査を実施した。また、眼科のみに関わらず、内科データも含め全身状態を考慮した包括的な調査も行っている。さらに、新たな試みとして、最近の網膜イメージング技術の目覚ましい進歩に着目し、網膜と脳および認知症の関連についても検討を行っている。このように、久山町研究は、さまざまな疾患について最新かつ精度の高いエビデンスを社会に還元、提供することを目指している。