2023年1月8日ホテルニューオータニ博多にて大島裕司先生、中尾新太郎先生、吉田倫子先生の教授就任祝賀会が行われました。当日の先生方のスピーチおよび花束贈呈の様子です。
大島裕司先生
1993年 | 九州大学眼科 入局 |
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1995年 | 九州大学大学院医学系研究院 博士課程 |
1999年 | 日本学術振興会 特別研究員 |
2000年 | ジョンズホプキンス大学 ウィルマー眼研究所 研究員 |
2003年 | 別府医療センター 眼科 医長 |
2005年 | 北九州市立医療センター 眼科 主任部長 |
2008年 | 九州大学病院眼科 助教 |
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2014年 | 九州大学病院眼科 講師 |
2016年 | 福岡大学筑紫病院 眼科 准教授 |
2019年 | 済生会福岡総合病院 眼科 主任部長 |
2021年 | 福岡歯科大学 総合医学講座 眼科 准教授 |
2022年 | 福岡歯科大学 総合医学講座 眼科 教授 |
2022年4月より福岡歯科大学眼科教授に就任させていただきました。私は入局してすぐの指導医が川野庸一先生でした。右も左もわからない最初のころに、眼科の一から教えていただいた川野先生の下でまた昨年度一年間勉強させていただき、このように教授を引き継がせていただいたことは感慨深いとともに責任の重さを感じております。大学院では坂本泰二先生のご指導の下に学位を頂きまして、化学デリバリー、眼内血管新生や遺伝子治療の仕事をさせていただきました。その後はアメリカのジョンズホプキンス大学のウィルマ―眼研究所に留学し、眼内血管新生の研究で毎日マウスと格闘する日々でした。九大に戻ってからは、石橋達朗教授の下で加齢黄斑変性再来と未熟児再来に籍を置き、たくさんの臨床研究や診療をさせていただきました。その後は福大筑紫病院から済生会福岡総合病院を経まして、昨年度福岡歯科大病院に川野先生のもと就任させていただきました。
これまでの皆さんのご支援やご指導がなければ、この場に立っていることはなかったと思っておりますので、今後とも九大眼科や近隣の先生方、福岡県眼科医会や企業の皆様、福岡歯科大の他科の先生そして皆様と連携をとりながら、患者さんにとって目の見える喜びを実感できるような優しい眼科を作っていければと思っております。まだまだ若輩者ではございますが、今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。
私たち同期は13人入局しましたが、かなり個性的な学年と言われていました。その中で大島先生はいつも周りの人を引っ張ってくれる心強い同期でした。医局旅行の幹事をしてくれたり、ARVOでは小旅行を計画してくれていい思い出を作って頂きました。またホワイトデーには手作りのケーキをたくさん作って医局の皆さんに配ったりされていました。このような心遣いで福岡歯科大学の皆さんの心を掴んでご活躍されることと思います。この度は本当におめでとうございました。
中尾新太郎先生
1998年 | 九州大学眼科 入局 |
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2000年 | 九州大学大学院医学研究院 博士課程(医化学分野) |
2006年 | 米国ハーバード大学 Massachusetts Eye & Ear Infirmary留学 |
2013年 | 九州大学病院 眼科 助教 |
2017年 | 九州大学病院 眼科 講師 |
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2020年 | 国立病院機構九州医療センター 眼科 医長 |
2022年 | 順天堂大学大学院医学研究科 眼科学 教授 |
私は1998年に鹿児島大学を卒業し、九州大学眼科に入局させていただきました。研修医として猪俣孟先生のご指導を賜りました。また、その後糖尿病網膜症に興味を持ち九州大学大学院第一生化学教室にて研究のご指導をいただきました。大学院卒業後は石橋達朗教授にお許しをいただき、米国MEEIに留学いたしました。帰国後は園田康平先生に医局長、外来医長、病棟主任という大きな機会を与えていただき、今でもご指導いただいております。そしてこの度順天堂大学第7代の主任教授という大きなチャンスをいただきました。これも九州大学眼科の先生方のご指導のおかげだと感謝しております。
順天堂大学は180年以上の歴史ある九大と並んで非常に素晴らしい大学です。順天堂大学眼科は初のコンタクトレンズ、初のアイバンク、初の視能訓練士と非常に眼科医療においてパイオニアの役目を担ってきたと伺っております。私はこの伝統にイノベーションを加えるべく九州大学で学んだことを糧にして、眼科医療の発展に尽力したいと考えております。今後ともご指導のほど何卒よろしくお願い致します。ありがとうございました。
中尾先生は入局当初から意欲も意識も高く、爽やかな中にもとても熱い心を持っている先生でした。ただ猪突猛進型ではなく、周囲の状況に合わせる柔軟性もお持ちです。東京に行かれてもパイオニアとして時代を読み、色んなことに挑戦されるのではないかと期待しています。同期みんな応援していますのでこれからも頑張ってください。
吉田倫子先生
2005年 | 九州大学病院 臨床研修医 |
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2007年 | 九州大学病院 眼科 |
2009年 | 九州大学大学院医学研究院 博士課程 |
2013年 | 九州大学病院 眼科 |
2015年 | 医薬品医療機器総合機構(PMDA)審査専門員 |
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2018年 | 福岡歯科大学医科歯科総合病院 眼科 |
2021年 | 佐賀大学医学部附属病院 臨床研究センター 特任教授 |
私は2007年に九州大学眼科に入局させていただきました。特に池田康博先生には研修医時代から大変お世話になりまして、思い返せばご迷惑をおかけした思い出しかないですけども、決して見捨てることなく常に私の将来をご心配していただきPMDAもご紹介していただきました。池田先生から説かれたTranslational researchの重要性は私の基本となっていると思っております。またPMDA就任の際には石橋先生にも直接PMDAにお越しいただきましたし、PMDAの三年間はここにおられる多くの先生方にご指導いただきまして無事に務めることができました。PMDA退任後は福岡歯科大学で川野先生のもと白内障手術を含めて臨床を基礎から叩き直していただきました。今は研究の世界に戻りましたが、今の仕事においても臨床現場の感覚が非常に重要なものになっています。
佐賀大学医学部附属病院臨床研究センターは2015年に創設されたまだまだ若い組織でございます。臨床研究の世界はかなり変動の中にありまして毎年のように規制も変わっており、診療の合間を縫って研究をされている先生方は大変な激務であると思っています。ひとつでも多くの研究成果を社会に還元できるように先生方をしっかり支えていくことが私の使命と考えております。これからもご指導いただくことばかりと思いますがよろしくお願いします。
最後に、こちらにいる主人は剣道7段の外科医ですけども、主人が国立癌センター中央病院に赴任していなければ私がPMDAに行くこともなく、このような機会もなかったと思います。この場をお借りいたしまして、いつも支えてくれて、このような晴れ舞台まで引っ張ってきてくれた主人に感謝を伝えさせていただきます。皆様、本日は誠にありがとうございました。
私は吉田先生が入局して病棟で働いていた時の病棟主任をしていました。彼女は何でも真面目に頑張る、とにかく頑張るという印象でした。その姿勢に魅力を感じて大学院で網膜色素変性のデータをまとめてくれないかとお願いし、彼女の作ってくれたデータベースからたくさんの研究成果が出ました。大学院の間に論文を3本書き、お子さんも2人産まれて本当によく頑張られたと思います。PMDAはせっかく東京に行くなら少し勉強してみたらと軽く勧めたところ、自分からやりますと一歩踏み出してくれました。今のポジションがあるのもそのやる気のおかげだと思っています。これから教授として長いですが、健康に気をつけて頑張ってください。
大島先生、中尾先生、吉田先生
この度は教授就任本当におめでとうございます!
先生方の今後のさらなるご活躍をお祈り申し上げます。