九州大学大学院医学研究院眼科分野 九州大学医学部 眼科

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糖尿病網膜症・加齢黄斑変性に対する新薬の創製

概要

 九州大学眼科では、日本独自の新しい分子標的薬の開発と臨床応用を本格的に進めるために、研究を進めています。日本における主要な失明原因である糖尿病網膜症や加齢黄斑変性に対する新しい分子標的薬として、ペリオスチン遺伝子をターゲットとする革新的なRNA干渉薬の開発を目指しています。

背景

 「RNA干渉」は、特殊なRNA(2本鎖短鎖RNA:siRNA)を介し、メッセンジャーRNA(タンパク質合成に際して、遺伝子情報の伝達を担うRNA分子:mRNA)の発現が抑制される現象で、広く生命体に備わる生体反応機構として2006年度のノーベル生理学医学賞の受賞テーマとなりました。RNA干渉薬は、この生体機構を利用して、人工的に2本鎖RNAを導入することにより任意の遺伝子の発現を抑制し、病気の原因となるタンパク質の産生を妨げることで、さまざまな疾患を治療しようとするものです。RNA干渉薬を含む核酸医薬品は、従来の低分子医薬品や抗体医薬品などとはまったく異なる作用機序を有することから、現存治療法では治療が困難とされてきた、がん、遺伝性疾患、そのほかインフルエンザやウイルス感染症などへの適用が期待されています。また、核酸医薬品は抗体医薬品とは異なり、標的分子の同定から臨床試験開始までに要する期間が格段に短く、また製造が比較的容易であることがメリットとされています。現在製品として販売されている核酸医薬品の品目数は多くはありませんが、低分子医薬品に類似した容易な製造性を持ちつつ、抗体医薬品と同様の高い特異性と有効性を示す次世代の創薬技術として注目されており、世界的に核酸医薬品の開発が加速しています。

内容

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九州大学眼科では、核酸医薬品を用いた画期的な糖尿病網膜症や加齢黄斑変性に対する治療薬の開発につながる新たな疾患因子として、「ペリオスチンタンパク質」を独自に同定し、新規治療薬の標的分子となることを見つけ出しました(画像1)。

 糖尿病網膜症は糖尿病3大合併症の1つで、日本では後天性視覚障害原因の約19%を占め、年間約3000人が失明しており、今後も患者数が増加するといわれています。糖尿病網膜症が進行した重症な段階である「増殖糖尿病網膜症(PDR)」では、網膜上に線維血管増殖組織が生じ、その収縮に伴う「牽引性網膜剥離」が失明の原因となります。失明を回避するための治療として網膜光凝固術と硝子体手術が行われますが、視機能を十分に保持できない場合も珍しくはなく治療法の開発が急務となっています。
 これまでPDRにおける線維血管増殖組織生成の機序は十分に解明されていませんでしたが、九州大学眼科における研究により、細胞増殖に関与する細胞外マトリックスタンパク質であるぺリオスチンやテネイシンCがPDRの線維血管増殖組織で上昇していることが初めてわかり、PDRの進展に関与していることが明らかになりました(画像2・3)。従って、ぺリオスチン、テネイシンCは糖尿病網膜症治療の新しい分子標的となる可能性があると考えられます。

画像4
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 また、加齢黄斑変性は日本における後天性視覚障害原因の第3位であり、高齢化社会の進展により患者数の増加が予測されています。加齢黄斑変性では、網膜下に線維血管増殖組織が生じることが失明原因となります。PDRと同様にペリオスチン、テネイシンCが加齢黄斑変性の網膜下線維血管増殖組織の進展にも関与していることを、九州大学眼科では明らかにしました(画像4)。そのため、ペリオスチン、テネイシンCを標的とした治療は糖尿病網膜症のみならず加齢黄斑変性に対する治療にもなり得る可能性があると考えられます。

画像5
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 九州大学眼科では、ペリオスチン遺伝子をターゲットとする革新的なRNA干渉薬の開発を目標として研究に取り組んでいます。現在検討を進めているRNA干渉薬は、通常の2本鎖短鎖RNA分子と異なり、分子内二重鎖構造を形成する特徴的な構造を有した直鎖状長鎖RNA分子で、核酸分解酵素に対する耐性ならびに核酸医薬品でしばしば問題となる自然免疫応答(本来種々の病原体に対する防御機構として備わっているが、核酸医薬品による活性化は副作用につながる恐れがある)の活性化を回避することが報告されているプラットフォーム技術が採用されています(画像5)。九州大学眼科で実施した、病態モデル動物を用いた実験により、このRNA干渉薬が眼内増殖性疾患に対して有効であることなどが確認されています。

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